レールとは、妻よりも永い付き合いだ。
レールとの付き合いは、もう30年。20歳の頃からだ。
レールは何も言わない。なのに、いろんなことを教わってきた。
経験を積んでもまだ、新たな問いを黙って投げかけてくる。
いつも電車が安全に走るために、レールを守っていく想いは
年を重ねるごとに大きくなる。
あたりが真っ暗な中、気が抜けない作業を終えた
夜勤明けの朝食は、いつになっても格別に美味しい。
妻の手料理のありがたさが、年々染みてくる。
レールが電車を支えているように、家族のおかげで今の私がいる。
まだまだ、道のりは長いですが、共にお付き合いください。
この道30年。線路と共に長い時間を過ごしてきた保線係の飛松さん。撮影は12月(2019年)の某日、深夜1時。まっすぐ伸びる線路の上を歩きながら、ただひたすら作業に没頭する姿勢は、まっすぐで頼りになる安心感を感じました。電車の運行を支える線路と向き合いながら、西鉄電車の安全を縁の下で支えてきた線路職人です。
この道30年。レールと共に歩んできた線路職人。
30年間、線路の仕事をしています。私が所属する土木部 軌道課には、保線区という線路全般の管理・整備をするスタッフ班と保守機械区という線路の補修作業をする特殊な機械(通称マルタイ)を使うスタッフ班とに別れて作業します。レールは、冬は縮むし、夏は伸びるので、定期的にレールの継ぎ目をチェックしています。レールが伸び縮みしやすいよう、継ぎ目のボルトに油を塗る作業もあります。こういったことひとつひとつを、作業員がきちんと行うことで安全を保っています。電車が動く時間は、レールを扱ったり機械を使う作業はできません。線路の補修作業は、最終電車が走り終わった後の深夜の時間に行われます。毎日の点検と補修は地道な作業ですが、電車の安全を守るため、線路のプロとして役割を担っています。
走行電車が伝えてくれる揺れは、レールからのメッセージ。
線路の状態を知る上で、電車を走らせている運転士さんと話をすることも大切なことです。運転士さんとのやりとりでは、運転していて揺れを多く感じる箇所について連絡をもらい、私たちが現場に行って線路をチェックします。現在、西鉄電車には様々な電車がありますが、急行や普通、観光列車などそれぞれ走るスピードが異なるので、そこで感じる揺れにも違いがあります。揺れは線路のわずかなゆがみを知るひとつの目安でもあるので、運転士さんとの連携は、線路の状態をよりよく維持するために欠かせません。現在は機械の進化により線路の状況を細かくチェックできるようになっています。あとは培ってきた経験と運転士さんからの情報を合わせて、線路のわずかな変化に気づくように努めています。
ガタンゴトンの音は継ぎ目から出る。
基本的なレールの長さは1本25m、それを繋げたレールの上を電車が走っています。電車のガタンゴトンという音は、このレールの継ぎ目からくるものです。レールの継ぎ目は電車の通過時の衝撃によって沈下しやすくなるので、メンテナンスが多くなります。メンテナンスを少なくするために、レールとレールを溶接して繋いだものを、ロングレールと言います。電車に乗っている時に、ガタンゴトンの音がしない箇所はロングレールにしている箇所で、長い箇所では1km以上繋げているところもあります。
「機械を可愛がれ」。先輩から受け継いだ言葉です。
私たちが使う機械も仕事の大事なパートナーです。メンテナンスするときちんと動いてくれるし、怠ると故障します。当たり前のことですが、機械や道具の扱い方ひとつで仕事のデキが変わります。水に濡れた金属製の道具はきちんと拭いてから片付けないとサビの原因になります。道具を大切に使い続ける気持ちがいい仕事に繋がると思っています。私たちの仕事は道具や機械に支えられています。「機械を可愛がれ」。安全に、円滑に仕事をするためにこの言葉を大切にしています。
線路を補修する特殊な機械。線路のドクター、通称「マルタイ」。
線路の補修作業を正確かつ迅速に行うために、マルタイは欠かせません。正式名称はマルチプルタイタンパーですが、長いので通称でマルタイ と呼んでいます。ミリ単位の歪みの基準値を越えないようにレールのゆがみをマルタイでチェックし、計画した値に調整していきます。電車に乗っている時に縦揺れや横揺れを感じると思いますが、レールが下がっていたり、横にズレていることが電車の揺れに繋がります。作業前の準備として、昼間に作業区間の線路を歩いて下調べをします。測定した結果をコンピュータでデータ化し、そのデータをもとにどんな作業をするかをマルタイにプログラミングしていきます。マルタイは、そのプログラミングされた作業工程に基づき、補修作業を行います。マルタイでの作業後は人の目できちんと最終チェックして、必要な箇所は手作業で追加補修します。
一瞬の振動と圧力で、線路を調整。
砕石(線路に敷き詰めている石)の間に隙間ができると、道床(レール、枕木を支える砕石の層)が緩む原因になります。道床には、電車の振動や騒音を和らげるクッションの役割があります。マルタイの補修作業では、このクッション性を元に戻すために、レールと枕木を持ち上げて空いた隙間に砕石をつめる作業を行います。写真のマルタイの爪の部分を道床に入れて、高速で振動し、圧力をかけることで砕石を詰めていきます。振動により隙間を埋めることで石と石が噛み合い強く固定される原理です。このような毎晩の作業によって電車の揺れを防いでいるんです。
その作業力は、百人力。マルタイも西鉄電車の大切な従業員。
マルタイ1台が一晩で行う作業を人の力で行うととても大変な作業です。線路は電車の重量や走行中にかかる力によって、少しずつゆがみがでてきます。その線路を安全な状態に保つためマルタイの力は欠かせません。現在、私たち保守機械区は6名。2班に別れて作業していますが、マルタイといつも一緒に仕事をしています。マルタイもチームの一員。大切な仕事仲間です。
マルタイの作業をしている音で、現状の良し悪しが分かる。
道床(レール、枕木を支える砕石の層)に土が混じって固結すると、マルタイの爪が入りにくくなり、作業時の音が変わります。マルタイの作業では、機械の動きがスムーズな時は道床の状態がいいし、悪い時は振動や音で教えてくれます。マルタイで作業する音と爪の動きによっては、重点的に補修することもあります。そこには、プロフェッショナルとしての感覚と経験が頼りになります。
ミリ単位の誤差も見逃さない。人と機械の共同作業。
レールのゆがみを測る仕組みとして、ワイヤーが重要な役割を果たします。マルタイには合わせて3本のワイヤーが備えられています。レールと平行するように左右に2本。さらにその2本の真ん中に1本。車体の中央にある1本のワイヤーは、レールの横のゆがみを測定するものです。真ん中のワイヤーに対して左と右のレールの幅が均等ではない場合は、わずかな誤差が生じます。その基準となるのが、真ん中のワイヤーです。一方、左右2本のワイヤーは、高さの変化を測るためのものです。レールが下に沈んでいる場合は、正常な高さと沈んでいる高さの誤差が生じます。その誤差をマルタイが測定、作業量を自動計算し補修作業を行っています。
電車が動かない時間にも、人は動いている。
夜空には月が輝き、あたりが暗く静まりかえる中を最終電車が走り抜けていく。深夜0時すぎ。全線の電車の走行が終了したことを確認し、保線係の作業がスタートする。それまで静かだったレールの上が慌ただしい空気に変わる。マルタイのエンジンがかかり、大きなライトがレールを照らす。振動しながら、砕石の層に爪を押し込む重量感のある音。マルタイが作業する音が響く中、保線係は確認と補修作業をしながら、少しずつレールの上を前進していく。トランシーバーで指示を出す飛松さんの吐く息が白い。冬の深夜ともなると寒い時にはマイナス気温になる。それでも技術員たちの素早い動きと熱気が寒さを感じさせない。今日も明日も安心して電車が走れるレールを維持する。電車が動いている時間だけが、西鉄電車の時間ではない。電車を動かすために、私たちが知らないところでも、人が動き、明日への安心というレールを繋いでいる。
保線係 飛松さんのコラム
今年(2020年)3月で定年する線路のドクター3代目マルタイ。
プラッサー&トイラー社のマルタイになって3台目。2008年に導入したこのマルタイも今年で12年。定年を迎えることになりました。取材と撮影を受けたのは、2019年12月9日。午前中に取材をして、その日の深夜に3代目マルタイの作業風景を撮影するというスケジュールでした。この日の午前中、3代目マルタイの調子があまり良くなく、深夜の作業ができない可能性がありました。検査するとコンピューターの表示だけがエラーを起こしていて、エンジンなどの機械には異常なく、作業には問題がなかったので、深夜の作業は続行。無事に撮影することができました。線路補修一筋12年目。大ベテランは最後まで、懸命に働きました。保線係の技術員である私たちと共に縁の下の力持ちとして電車を支え、日夜ほぼ休まず働いてきた日々も3月まで。次の4代目マルタイにバトンを渡します。マルタイも西鉄電車の大切な従業員。「お疲れ様。そしてありがとう」。感謝の気持ちでいっぱいです。
休日、電車に乗っていても電車の揺れが気になります。
線路の補修状況が電車の揺れに関わってくることはお話しましたが、プライベートで他社の電車に乗っていても、揺れが気になります。どうしても仕事の目線で考えてしまいますね。あと、他社の保守用機械があれば、ついつい見てしまいます。
仕事人生30年。ずっと鉄の道。